ぼくたちは習慣で、できている。 その6

いつも

気持ち玉ありがとうございます。


僕が・・・

読んだ本の中で、
共感した言葉を紹介したいと思います。


前回紹介しきれなかった

ぼくたちは習慣で、できている。 その5 の続きです。


画像



『ぼくたちは習慣で、できている。』 佐々木 典士 ㈱ワニブックス


☆習慣に関する本は数多く出版されていますが、
  その中でも、この本はとてもわかりやすく書かれており、
  難しい習慣化のハードルを下げて書いてくれているので、
  やってみようと思うようになります。一度、お試しを。





これ以下ネタバレ!
ご注意ください!






P256
【やるほど高まる自己効力感】
ウォルター・ミシェルはこう言っている。
成功に対してより大きな期待を持っている子どもは、
新しい課題を与えられても、
すでにそれで成功したことがあるかのように自信を持って取り組む。
彼らはしくじると思っていないので、それに「立ち向かう」ことを望み、
進んで失敗の危険を冒すのだと。
何かを始める時には「とりあえずやってみる」ことが重要だと言われるし、
ぼくもそう思う。
しかし「とりあえずやってみる」ことができるのは、
とりあえずやってみて、今までなんとかなった経験がたくさんある人である。
失敗を恐れず、そして成功すればするほど、
新たな課題には取り組みやすくなるということだ。

P277
【努力と我慢を分けて考える】
努力という言葉の中に含まれている2つの意味、
ぼくはこれを本来の「努力」と「我慢」に分けて考えたほうが
いいのではないかと思っている。
ぼくはこの2つの違いをこんな風に考えている。
●「努力」は支払った代償に見合った報酬がしっかりとあること
●「我慢」は支払った代償に対して正当な報酬がないこと
特に日本で強いられがちなのは「我慢」だ。
たとえば会社で働くことは「給料という報酬」を受け取ることだ。
しかし、その報酬を受け取るために人はさまざまな代償を支払っている。
受け取る給料の代わりに支払っている代償にはまず時間がある。それ以外にも、
●出社時間や、退社時間を自分で決められないこと
●嫌な上司や、取引先や、客を無視できないこと
●疲れが溜まっていたり、育児などあっても休みが取りづらいこと
●仕事に裁量がなかったり、言われたことをやるだけだったりすること
など会社によって異なる形で支払っている代償があるだろう。
もちろん働くことで受け取る報酬は給料以外にもある。
●仕事が同僚や上司から褒められること
●チームで仕事を達成した時の一体感
●仕事が誰かの役に立っているという意義
しかし、もし毎日会社に行きたくないのに行っているのなら
それはすでに「我慢」に差し掛かっている。
支払っている代償に見合う報酬があれば、人は自分で進んでする。
報酬よりも支払っている代償の方が大きい時、人はやりたくないと思うのだ。


ぼくたちは習慣で、できている。 その7 へ続く・・

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